比良堂満岳
2009年2月22日
中野
不覚だった。6時頃一度目覚め早いと2度寝してしまい7時前、飛び起き慌ててトイレ、朝食、熱いミルクティーをテルモスに入れ用具をザックに放り込む。
自転車故障中の為早足で駅に急ぐ、途中カメラを忘れたのを気付き取りに戻る。
此処で予定していた電車に間に合わない。諦めパソコンを立上げインターネットで時間を調べる。大阪駅8時39分の湖西レジャー号しかない9時59分に比良駅に着く。充分に時間が有るため今度は超ユックリに駅へ足を運ぶ。
今回は『定例会山行、1人』になってしまった。メインテーマであるゾロ目の日(2月22日)に、ゾロゾロとルンゼをルンルンと登る筈が、ソロでルンゼをソロソロと登る事になった。寂しいが気楽でもある、朝起きられなかったのはそのせいでも有るし、連日深夜迄の仕事に追われる事も関係していると思われる。
乗換の志賀駅、時間待ちにトイレを済まし比良駅に着くと同時にイン谷口に向かって早足で飛び出した。と同時に山の景色が目に入ったトタンある事に気付いた。カメラは確かに取りに帰りザック入れた、しかしレンズは入れなかった。一眼レフカメラはレンズが無ければ重いだけの無用の機械、ザックが凄く重く感じた。今回、写真撮影は無し。
所用時間35分でイン谷口に到着、休憩も取らず大山口に向かう、時間が遅いせいか人は誰1人して合わず1ルンゼの取り付きに着く(前回来た時に確認)。此処でスパッツ、クランポン、雨具、ハーネス、ヌンチャクを身に着けながら休憩し且つ行動食を口に運ぶ、時間節約だ。トレースは見える範囲で明確に付いている。
天候は曇り但しガスは掛っていないので遠望は効く。
11時50分に取り付きを後にする。途中急峻なルンゼに入ると明確な踏み後がスノーボールで埋まり判別出来難くなる。遠くを見ると全体を把握出来ルートが解かる。
時々振り向くが誰も居ず、ただ急峻な斜面だけが目に入る、前方は左右に入るルンゼが続く。
途中1ケ所だけ雪不足の為か小さな滝が出てきた、滝の横の岩場を乗越すのだが3級+程度の岩場。クランポンの前爪2本で岩の小さな突起を捉え体重を掛け乗り越す。後は息を切らし喘ぎながらルンゼを詰める、2歩行が無理な処はピッケルのつるはし部分を雪面に押し付け3点支持で登高。
急峻なスノーボールが埋まっている斜面を過ぎると少しなだらかになり、尾根の小さな林が見え、其の場所を目指し最後の急登を木の根っこを掴みながら身体を引き上げるとヒョッコリ、槍の北鎌尾根の様に堂満岳の頂上に出る。
12時45分、取り付きから55分、1時間も掛らなかった。この1ルンゼは堂満岳への最短ルートの様だ。
山頂には中年男女3人パーティが1組、寒さに震えながら食事をしていた。確かに時折強風が山頂なめる、気温も低い、寒い、長居は無用だ。
急いで。ヘルメットを脱ぎ登単道具を解除し、行動食を胃に入れ、熱いミルクティーを口に含んだ。冷えて来る身体と熱い口中が微妙だ。
カメラは有るが、レンズが無いので、グレー色の曇り空をバックにした琵琶湖は撮れない、尤も景色は暗いし、ただ見るだけで充分だ。
1人になった山頂に別れを告げるべき、立ち上がりシートを片付けていたら、金糞峠方向と逆の東稜方向からと同時に集団で大勢の人達が上って来た、切れ目がなく一瞬にして、休日の天王寺駅の歩道橋状態になった。溢れて山頂から転げ落ちる人も出るくらいの超過密になり、譲り合いそれを免れている様子である。
4班と大きく目に付くゼッケンらしき布の下に《豊中労山》と書かれている、公開ハイキングの様子だ。他の人達も居る様だし50人は下らない数になる。
更に未だ金糞峠方面から上ってくる、その切れ目を待って下りようとしたら、右側面から声が上った《中野サーン》其の方向の顔を向けると、くまごろうの池田さんの笑顔と右手が上ったポーズが目に入った、予期せぬ事に戸惑いもうー度見直すと他にも顔見知りの人達が視界に飛び込んだ、5人の中年パワー登山隊だ。記念撮影に入れてもらい、比良駅で再会を約束して溢れる山頂を後にした。
予定では2ルンゼを降下する積りだったが、踏み後が鮮明ではなく、下に降りてラッセルになれば時間が掛ると判断し、一般ルートを行くことにした。
途中2ルンゼの取り付きを確認、行きで中央稜の取り付きらしき場所も確認したし、此れで今回の山行の目的を果たし成果を得た。
比良駅の駅前で一見おしゃれな喫茶店らしき店に入り、コーヒーを飲みながら、くまごろう登山隊を暫し待つ。後、天王寺駅近くの居酒屋で3人反省会を適当に遅くまで開き、家路に着く。
9時59分 比良駅出 10時35分 イン谷口着 11時30分 1ルンゼ取付着
11時50分 1ルンゼ出 12時45分 堂満岳着 13時40分 堂満岳出
16時5分 比良駅着